3. 「強さ」は重要,でも...

 まずは,加工製品を出荷するメーカーの立場からですが,応力による設計(材料力学的設計)を横目で見ながらも敢えては行わない,という選択をする場合があります.つまり,冒頭に示したように可観測量(力やモーメント,変形量など)による強度確認に徹する,というやり方です.特に部品レベルでは「決まった負荷しか受けない」,「最も破壊し易い負荷モードに対して確認しておけば十分」ということが多く,測定をマニュアル化してしまえば特別な知識・技能が無くとも強度という品質を保証できます.しかし,(素材や想定される負荷を含めて)多種多用な製品を短期間で市場投入しなければならない上位メーカーや,そもそも実物試験が困難な製品を扱うメーカーにおいては,この手法は非現実的です.設計段階から応力解析により強度を見積もり,実物試験を最小限に抑える,という手法が必須です.このような立場からは,製品を構成する材料のあらゆる条件下における強度データを準備することが望ましいのですが,これが実際上難しく,大抵は素材メーカーが提示する標準的な静的強度データのみを使った限定的な解析に留まります.

 次に,素材を出荷するメーカーの立場からですが,出荷品の状態を確認・保証するための強度試験は日常業務として行います.ただし,扱う量が極めて多いため,通常は応力―歪み関係,硬さ,衝撃値などを抜き取りで検査する簡易的なものに留まります.一方,JISなどの規格品とは異なり,付加価値の高い新素材の自社開発においては,試作材料の様々な強度を評価しフィードバックする作業を幾度も行う必要があります.この過程では,疲労試験やクリープ試験のように数か月から(時には)数年に及ぶ評価を要する場合もあり,莫大なコストの回収に長い年月を要します.また,顧客との共同開発のように時間制限がある場合,長期寿命データを十分に調査できないため,類似の既存材料に対して導かれた経験的な寿命予測式などを頼り,参考データの提示に留まることもあります.

 つまり,強度データ(特に寿命データ)を取得するために費やす時間とコストは,素材を供給する側と使用する側の双方にとってネックになっているのです.このような問題に対する一助として,主要な構造用材料における各種強度データをまとめたハンドブックや公的機関(例えばNIMS;物質・材料研究機構)が公開するデータシート(こちらへ)を利用することは可能です.しかし,世の中に存在する材料の種類は桁違いに多く,新素材も日々増え続けています.また,新素材の要となるデータの取得は特許に結び付くことも多く,いくらコストがかかってもやはり自前で(非公開で)やるべき事情もあります.

 機械系の学生さんの多くが将来携わる「ものづくり」の現場では,材料強度との(悩ましい)付き合いは切れないものであることを理解していただけたでしょうか?