2. 「強さ」は定数か?

 応力で表現した強度値(一般化された強度値)は,もちろん材料ごとに異なります.プラスチックよりも金属の方がはるかに大きな降伏強さや引張強さ(これらを静的強度と呼ぶ)を示すことは感覚的にも分かりますね.では,材料の強度値は常に「一定」なのでしょうか? 4節でも述べますが,答えはNOです.鉄鋼を例に挙げれば,同じ素材であっても,熱履歴や加工履歴によって降伏強さは何倍も変わることがあります.これは,材料の微視組織が変化することにより,変形のし易さ(すべり易さ)が大きく変わるからです.また,セラミックスのような材料は,引張強さが試験片の寸法や表面処理の影響を大きく受けます.これは,試験片表面に存在する無数の微小欠陥のうち最大寸法を持つものが強度を決定する(破壊起点部となる)からです.とくに後者の例(この種の材料を脆性材料と呼ぶ)は厄介で,強度値は必然的に大きなばらつきを伴うことになり,設計者を困らせます.

 さらに厄介なことに,静的強度よりも低い応力であっても長期間に渡って作用し続けると破壊に至ることがあります.例えば,設計上は十分な裕度を持たせていたのに,変動応力が何年も繰り返された結果,ある日突然破壊するという事故は今も絶えません.このような疲労破壊に対する強度は,もはや応力の値のみで表現することができず,応力―繰り返し数の組み合わせ(S-N関係と呼ぶ)により表現せざるを得ません.また,過酷な環境(高温や腐食性の雰囲気)の下で一定応力を受け続け破壊に至るケース(クリープ破壊環境助長破壊)においては,応力―時間の組み合わせ(S-T関係と呼ぶ)により強度を表現する必要があります.これらの破壊に共通する時間経過(破壊現象に至るまでの寿命)はいずれも,材料中に発生し少しずつ進展するクラック(き裂)の挙動に結び付けられます.このような事情から,均一変形を司る応力ではなく,クラックの進展に対する抵抗性により材料の強さを表現する体系(これを破壊力学と呼ぶ)も生み出され発展してきました.

 兎も角も,材料の強度値を応力により表現するようになったからこそ,強度という物性が一筋縄ではいかない複雑極まりないものであることが(皮肉にも)はっきりしたのです.そして,人類はad hoc(その場限り、という意)で何とも信頼の置けない強度という概念と付き合っていく宿命を背負いました.では,この難しい相手とどのように付き合っていくのがよいのでしょうか? 突っ込んだ話に移る前に,次節では「置かれた立場」による付き合い方の現状をひとまず見てみましょう.