5. おわりに(筆者の経験から)

 以前働いていた職場では,電気電子系の技術者らと共同で仕事をする機会に恵まれました.彼らは日常的にシリコンデバイスの動作やそれを含む回路の動作シュレーションを行い,それを基に設計および試作評価を着実に短期間で進めていました.こういったシミュレーションで使われる諸々の材料物性値(電気的物性値)は,固体中の電子の状態・挙動に由来する(つまり原子の位置は不変)わけですが,それらの定数としての信頼性が高いからこそ成り立つ方法だったのだなと,つくづく思い起こされます.翻って,本質的に定数ではない強度値を扱う構造設計分野の技術者には相応の高い注意力・判断力が必要となりますが,それでも十分な安全率により強度の不確実性をカバーする経験的手法を認めてあげない限り「安全とスピード(コストカット)」を両立させることは現実的に難しいと思われます.一方で,強度のしくみというのは,テーマを限定して学術の立場から様々な試行を繰り返しても,尾を掴みかけては逃げられる実に手ごわい相手です.ただ,思考が煮詰まると,突如向こうから答えてくれているような気になることもあり,こんな日はとても気分が良いのですが.

 イギリスの生物学者のT. H. Huxley(1825-1895)は,次のような言葉を残しています.

 “Science is organized common sense where many a beautiful theory was killed by an ugly fact.”
 (科学とは,いくつものすばらしい理論が醜悪な事実によって抹殺されて体系化された常識である.)

 最後に,本コラムは非才の筆者が個人的経験と主観に頼って書き綴ったものであるため,厳密さを欠く表現が含まれているかもしれません.また,一部内容が前後・重複した結果,纏まりに欠ける文章となった点についてはご容赦ください.ですが,全体を通して「強度のしくみ」とそれを追及する意義が皆さんに伝われば幸いです.

Ver. 2016.6 文責:高橋可昌