1. 「強さ」のことはじめ

 材料の強さ(強度)って,どういうものでしょう?

「強風にあおられて傘の骨が曲がってしまった」,「いつもより力を込めたら割り箸が折れてしまった」

などの体験は誰でも持っているでしょう.材料に力を加えていき,ある限界値に達すると塑性変形(元の形に戻らないこと;以下では単に変形と書きます)や破壊(二つ以上に分離すること)という現象が起きることを私たちは経験的に知っています.ですから,計測可能な量である「」(単位:kgf,Nなど)によって強度を表現することは,構造設計の基本であると言えます.しかし,力で表した強度値は,定量的に確実である(=安心できる)反面,構造物の寸法や形状に依存します.小さな部品の強度は実物試験により調べることはできても,東京スカイツリーの強度を調べることは不可能ですね.また,たとえ小さな部品であっても,幾通りもの負荷(引張り,圧縮,曲げ,ねじり,さらにこれらの組み合わせ)に対する強度を調べるには,多くの時間とコストがかかります.

 さて,機械系の学生さんは,材料力学を通じて「応力」と呼ばれる量を学習します.応力は「物体内に作用する力の面密度(単位:kgf/mm2,Paなど)」として定義されるのですが,これは力と同じく目に見えない量です.少し脱線しますが,「物体内の応力を可視化する」というコトバを耳にすることがありますが,これには注意が必要です.材料に生じた「歪(ひず)み」もしくは歪みに付随して生じた何らかの物理量変化を測定し,これを応力に読み替える必要があります.話の筋を元に戻しますが,今日においては,任意の力を受ける任意形状の物体内に作用する応力は計算(例えば有限要素法)によって求めることが可能です.ということは,強度を応力によって表現すれば,構造物の寸法,形状および負荷形態に依らない(一般性の高い)強度設計が可能になりそうですよね.つまり,実験室であらかじめ材料試験を行い,応力により強度値(例:降伏強さ引張強さ)を表現しておけば,どんな構造物でも安全な設計ができる! この方法論は,長い間経験や勘に頼っていた構造設計を合理的(=科学的)なものへと変革し,近代以降の工業社会を根底で支える原理になりました.