4. 「強さ」のしくみ

 それでは改めて,私たちはどうやって(どういう態度で)強度と付き合っていくべきなのでしょうか.要となる強度データを(可能ならば自前で)取ることの重要性は勿論ですが,ただ闇雲に試験条件(材質,温度,速度,雰囲気,負荷形態など)を変えたデータ取りにのみ奔走するのではなく,なぜそのようなデータになるのか本質的な機構(つまり「しくみ」!)をセットで考えることが重要です.あなたが安全率の計算で用いる基準応力(基準強さ)は(何としても食い止めねばならない)変形・破壊現象の発生応力ですが,その現象の本質を知る者(あるいは集団)のみが安全率を設定する重責を担えるのではないでしょうか.理想論を翳(かざ)しましたが,通常の材料力学の講義では許容応力の計算を主眼とし,基準応力(材料強度値)は既存の定数であるかのように設定する関係上,「強度値は誰かが教えてくれるもの」という受け身の姿勢に陥ることを危惧しての警告と受け取ってください.学部学生が材料力学と機械材料学を並行して学ぶ目的の一つには,このような偏りを少しでも無くすという点があります.ただし,機械材料学が扱う内容は多岐にわたるため,強度とそのしくみの基礎をある程度体系的に理解するためには,強度に特化した材料強度学を学ぶことが推奨されます(本学ではB4~大学院レベルです).

 材料強度学は,一言で表せば「変形・破壊の機構(しくみ)とその力学」を扱う学問です.個人的には,医学の世界の「病理学」と共通点が多いと思います.病理学とは「病気の原因,発生機序の解明や病気の診断を確定するのを目的とする,医学の一分野である.細胞,組織,臓器の標本を,肉眼や顕微鏡などを用いて検査し,それらが病気に侵されたときにどういった変化を示すかについて研究する学問である.」と定義されるようですが(出典:Wikipedia),これを材料強度学に(少し強引に)当てはめれば「変形・破壊機構の解明や(それに基づいて)事故原因を確定するのを目的とする機械工学・材料工学に跨(またが)る学際分野である.原子分子転位組織結晶粒界集合組織異材(相)界面など各スケール階層に合致した標本領域を取り上げ,これらが過度の応力を受けた際にどういった挙動を示すかについて研究する学問である.」といった感じになります.病理学の成果は,病気の診断・治療・予防法,創薬などに指針を与えますが,材料強度学の場合には,破壊事故原因の解析,材料の損傷状態評価(寿命予測),構造最適化,材料の改質や新素材開発などに応用され得ます.

 病気には,何らかの原因(例:毒性物質や細菌・ウイルスなどのミクロ因子)が恒常性の乱れを引き起こし発症に至らしめる,という因果関係があります.これを変形・破壊現象に当てはめると,過度の応力(クラック先端の場合は特異応力場)の存在が原子・分子どうしの位置を不可逆的に変化させ(ずらす/引き離す)外形状の変化や分離に至らしめる,となります.根源的にはこれだけなのですが,およそ一筋縄ではいきません.金属を例に挙げれば,原子どうしの位置がずれる(結晶面がすべる)か引き離される(劈開する)かは,材料の種類(結晶構造)のほか温度や雰囲気の影響も強く受けます.結晶面がすべる場合その抵抗は,温度,変形速度,異種原子・析出物の存在,さらには(2節でも触れたように)上位スケールの微視組織(例:粒界)の影響を強く受けます.降伏強さや引張強さはこれらの因子が複合的に作用した結果決まります.比較的低い応力が繰り返される疲労負荷では,ミクロンスケールのすべりが局所部位に発生・集中し微小なクラックを発生させるのですが,初期クラックの進展経路はやはり上位スケール組織に強く依存する結果,進展速度は大きくばらつきます.クラックの先端は応力集中が著しいことから上述の因子が特に強く作用し,総合的に寿命特性を大きく左右します.・・・書き始めると際限が無いのでこれくらいに留めますが,私たちが最終的に認定する強度というのは,様々な因子が複合作用した結果決まる「見かけ上のもの」であるからこそ,そのしくみを常に意識することが重要ですね.