形状記憶材料のミクロ挙動の理解と開発動向
− コンピュータ・シミュレーションによる先端的研究 −

齋藤 賢一、佐藤 知広、新家  昇

Microscopic Behavior and Development of Shape-memory Materials
(Advanced Study by Computer Simulations)

Ken-ichi SAITOH, Tomohiro SATO and Noboru SHINKE

1.はじめに

 世の中にはあたかも人間のような「うごき」をする材料というものがある。通常、記憶は人間をはじめとした生物(最近では人工物であるコンピュータも記憶するが‥)に独特な性質と思われているが、無生物である材料も記憶を持つことができるのである。現在、機能性材料として広く使われている形状記憶合金は、まさに記憶を持つ材料であり、大きく変形させても加熱をすると元々記憶させていた形状が呼び戻される。例えば、図1にあるように、ある形状(ハート形!)を記憶させたNi-Ti合金のワイヤ(a)は、でたらめにぐちゃぐちゃに変形させても(b)、ドライヤーの熱を与える(またはお湯などをかけてやる)と何事も無かったように元の形に戻ってしまう(c)。この不思議な「うごき」はあたかも生き物のようである。この合金はバネ形状にしてバイアスバネと組み合わせるなどして、温度変化で稼動するアクチュエータ機構に使えるわけである。

 しかしながら、なぜ、電子回路でできた複雑な記憶装置を内部にもたない単なる金属材料が、このような複雑な過程を経てもなお形状を記憶しつづけるという性質をもつのだろうか。一般的に言われている説明は、こうである。この合金が持っているエネルギー的に安定な原子レベルの結晶構造が複数存在し、温度や外力などの変化があるとそれらの間の相変態(マルテンサイト変態)が生じ、最適な構造が選ばれることによる。非常にミクロなレベルでの説明である(精確には、もう少し大きなサイズをもった微細組織の回転や組変わりなどが有効にはたらくことによるが)。とはいうものの残念ながら、相変態時に原子が実際にどのような動きをして結晶構造を変えていくのかについての詳細な実験データはない。形状記憶の発現機構をよく理解し、さらに有効に利用していくためには、今後このような原子レベルでの変化を明らかにしていく必要がある。

 私たちの研究グループは、近年の急進的な計算機環境の向上に伴い注目を浴びている原子シミュレーションの手法、とくに分子動力学法(モレキュラーダイナミックス:molecular dynamics)というコンピュータ・シミュレーションを、材料設計や材料評価(強度や機能などの評価)などの材料研究へ有効に適用することを目指している[1]。そこで、この先端的なシミュレーションの方法を用いて、形状記憶合金の原子モデルを作り、マルテンサイト変態というものが原子レベルの構造でいったいどのようにして起こっていくのかを明らかにしようと考えている。ここでは、現在進行中の研究結果を紹介し、あわせて今後の形状記憶合金の応用の動向などについて紹介する。


(a)  (b)  (c)
(a) 変形前(形状記憶済) (b) 手で無理矢理変形させた後 (c) 加熱により形状回復後
(0.7mm径, 56.03wt%Ni-Tiワイヤの例)
図1 形状記憶合金とは(形状記憶材料の実際)


以下省略(関西大学工学会の定期刊行物をご覧ください)

2005.11.10 K.S.